社会保険料の仕組み:定時決定の基本
社会保険料の計算基礎となる標準報酬月額とは
私たちが毎月給与から引かれている健康保険料や厚生年金保険料などの社会保険料は、標準報酬月額という金額に基づいて計算されています。
標準報酬月額とは、毎月の給与を一定の幅(等級)に区分した金額のことです。この等級に保険料率をかけて、最終的な保険料が決まります。
給与が1円変わるごとに保険料が変わるのではなく、この等級が変わることで保険料が変動する仕組みです。
この標準報酬月額を決定するための手続きが定時決定であり、年に一度、全従業員を対象に行われます。この制度の目的は、従業員の実際の給与額に基づいた保険料を公平に徴収することです。裏を返せば、この標準報酬月額を合法的に低く抑えることが、社会保険料節約の鍵となります。
決定に用いられる4月・5月・6月の給与が鍵となる理由
定時決定において、標準報酬月額の基準となるのは、4月、5月、6月の3ヶ月間に支払われた給与の平均額です。
会社は、この3ヶ月間の給与額を算定基礎届として日本年金機構に提出します。この3ヶ月間の平均給与額が、その後1年間の保険料を決める報酬月額として使用されるわけです。
なぜこの期間が選ばれるかというと、昇給や定期的な賃金改定がこの時期に行われることが多いため、最も実態に近い平均報酬を把握できると考えられているからです。
したがって、もしこの4月、5月、6月の給与が通常よりも極端に高い、あるいは低い場合、その後の1年間の社会保険料は実態と大きくかけ離れ、高すぎる場合は大きな負担となってしまいます。
9月から翌年8月まで原則1年間変わらない仕組み
定時決定によって新たに決められた標準報酬月額は、原則としてその年の9月から翌年の8月までの1年間にわたって適用されます。
一度決まった保険料は、次の定時決定が行われるまでの間は、基本的に変わりません。
そのため、もし4月、5月、6月の平均給与が、たまたま多額の残業手当などによって高くなってしまった場合、その高い保険料が残りの9ヶ月間も続くことになり、大きな手取りの減少につながります。
逆に、この期間の給与を意識的に調整できた場合、その節約効果は1年間にわたって享受できることになります。この原則1年間固定という仕組みこそが、定時決定の給与を最適化することが、合法的な節約に繋がる最大の理由です。
定時決定と随時改定(月変)の違い
標準報酬月額を決める手続きには、年に一度の定時決定のほかに、**随時改定(月変)**と呼ばれるものがあります。
定時決定が全ての従業員を対象に4月~6月の給与を基に9月からの保険料を決めるのに対し、随時改定は、昇給や降給などによって毎月決まって支給される賃金(固定的賃金)が大幅に変動した場合にのみ行われる手続きです。
具体的には、変動後、連続する3ヶ月間の平均給与が、現在の標準報酬月額と比べて2等級以上の差が出た場合に、会社が届け出を行うことで保険料が改定されます。
つまり、定時決定は定期的な改定、随時改定は臨時の改定という位置づけです。節約を考える上では、まず定時決定の仕組みを最大限活用することが基本戦略となります。
合法的に保険料を抑える給与調整戦略
節約に直結する4月・5月の残業代を調整する戦略
社会保険料の節約を合法的に行うために最も効果的なのが、算定期間である4月、5月、6月の残業代を抑える戦略です。特に、その給与支払いが集中する4月・5月の給与が重要になります。
残業代は毎月変動する賃金(非固定的賃金)に該当しますが、この3ヶ月間に支払われた残業代も標準報酬月額の計算に含められます。
そのため、もしこの期間に集中的に多額の残業をしてしまうと、その高い残業代が向こう1年間の社会保険料を押し上げることになります。
会社と従業員が話し合って、繁忙期をこの3ヶ月間からずらしたり、特に4月・5月に残業を控えるように調整したりすることで、標準報酬月額を実態よりも低く抑え、手取り額を増やすことが可能となります。これは完全に合法的な範囲内での節約術です。
調整が難しい基本給や各種手当の取り扱い
基本給や固定的に支給される各種手当(役職手当、家族手当など)は、毎月決まって支給される賃金(固定的賃金)に該当し、定時決定の期間だけ調整するのは困難です。
固定的賃金が変動した場合、それは定時決定を待たず随時改定(月変)の対象となる可能性があります。安易に基本給を下げて保険料を節約しようとすると、その後の生活や将来の年金額に大きな影響を及ぼすかもしれません。
節約戦略を立てる際には、この固定的賃金には手を付けず、あくまで残業手当やインセンティブなどの変動する賃金の変動を利用して、4月・5月・6月の平均給与額を低く抑えることに注力することが、リスクの少ない合法的な手法となります。
昇給や手当見直しを7月以降にすることで保険料を抑える
会社が昇給や賃金体系の見直しを行うタイミングは、社会保険料の計算に大きな影響を与えます。
もし昇給を4月に行い、その給与が定時決定の算定期間(4月~6月)に含まれてしまうと、その高い給与を基に標準報酬月額が決定され、9月からの保険料が上がってしまいます。
これを避ける合法的な戦略として、昇給の実施時期を7月以降にずらすという方法があります。昇給が7月以降であれば、その昇給後の高い給与は次の定時決定(翌年の4月~6月)まで標準報酬月額の計算に反映されません。
結果的に低い保険料のまま昇給後の高い給与を最長1年間享受できることになります。これは会社にとっても従業員にとってもメリットのある社会保険料適正化の手法の一つです。
低い標準報酬月額のまま健康保険のメリットを享受する注意点
標準報酬月額を低く抑えることで社会保険料を節約できますが、そのことによる健康保険や年金のメリットに対する影響と注意点も理解しておく必要があります。
健康保険の自己負担割合(原則3割)は、標準報酬月額の高さに関わらず変わりません。しかし、もし病気やケガで傷病手当金を受け取る場合、その支給額は標準報酬月額に基づいて計算されるため、標準報酬月額を低く抑えすぎると、受け取れる手当金の額も少なくなるというデメリットがあります。
また、将来受け取る厚生年金の金額も、標準報酬月額に連動して決まるため、過度な節約は将来の年金額の減少につながる可能性があります。この短期的な節約と長期的なメリット・デメリットのバランスを考慮することが、賢い節約術です。
さらに進んだ社会保険料最適化のテクニック
通勤手当を実費精算ではなく定期券支給にするメリット
社会保険料の計算基礎となる報酬には、基本給だけでなく、通勤手当や住宅手当なども含まれます。そのため、これらの手当の支払い方を工夫することで、社会保険料の節約につながる可能性があります。
特に通勤手当について、毎月の実費精算ではなく、6ヶ月定期代の一括支給などに切り替えることで、定時決定の算定期間(4月・5月・6月)に支払われる手当額を少なく見せることが可能です。
例えば、4月に6ヶ月分の定期代を支給した場合、5月と6月の給与に通勤手当が含まれなくなるため、この2ヶ月間の平均給与額を下げ、結果として標準報酬月額を抑えられる可能性があります。これは会社の経理処理にも関わるため、専門家と相談の上で実施すべき合法的な手法です。
福利厚生制度の法定外福利費を活用した節約
社会保険料の対象とならない法定外福利費をうまく活用することも、合法的な節約術の一つです。
法定外福利費とは、法律で義務付けられていない福利厚生費用で、その性質上、給与と見なされないため、社会保険料の計算基礎に含まれません。
例えば、社員食堂の食事補助を現物支給の形で提供したり、特定の要件を満たす住宅関連の補助を給与としてではなく、福利厚生費として処理したりすることで、従業員の手取り額を実質的に増やしつつ、社会保険料の負担を軽減できる場合があります。ただし、法定外福利費として認められるためには、全従業員に公平に適用されるなど、厳しい税法上の要件を満たす必要があります。
賞与は定時決定ではなく賞与支払い届で保険料が決まる
**賞与(ボーナス)**は、定時決定の対象となる4月・5月・6月の給与には含まれませんが、賞与にも別途社会保険料(健康保険料と厚生年金保険料)がかかります。
賞与にかかる保険料は、賞与の支払い時に会社が提出する賞与支払い届に基づいて、標準賞与額を基に計算されます。
賞与は、基本的に定時決定の報酬月額には影響を与えませんが、賞与が極端に高いと、賞与にかかる保険料の負担が増大します。したがって、年間の社会保険料の総額を最適化するためには、月々の給与と賞与のバランスを考慮した賃金設計が重要となります。
年収が同じでも月給と賞与の割合で保険料が変わる仕組み
同じ年収500万円の従業員が二人いても、月給と賞与の支給割合が異なれば、社会保険料の総額は変わってくる可能性があります。
これは、健康保険料と厚生年金保険料の計算において、月給を基にする標準報酬月額と、賞与を基にする標準賞与額にそれぞれ上限が設けられているためです。
特に、賞与に対する保険料には年間上限(健康保険:年間573万円、厚生年金:月150万円)があるため、年収に占める賞与の割合を高くすることで、月々の標準報酬月額を抑え、結果的に社会保険料の総額を合法的に下げられる可能性があります。これは高度な節約戦略であり、会社全体の賃金設計を見直す際に検討されるべき手法です。
節約がもたらす長期的なデメリット
節約による将来の年金額への影響を理解する
社会保険料を節約する戦略、特に標準報酬月額を低く抑える手法は、短期的な手取り額を増やすメリットがあります。しかし、将来受け取る年金額を減らすという長期的なデメリットを伴います。
厚生年金の年金額は、現役時代の標準報酬月額と標準賞与額の総額に基づいて計算されます。そのため、現役時代に保険料の支払いを低く抑えれば抑えるほど、将来の年金受給額も少なくなるのです。
特に、定年までまだ時間がある若年層や、老後の生活資金に不安がある方は、目先の節約にこだわりすぎず、将来の安心とのバランスを考慮することが非常に重要です。節約効果のシミュレーションと同時に、年金受給額への影響も確認しましょう。
保険料を抑えると傷病手当金・出産手当金が少なくなるリスク
標準報酬月額が低く抑えられると、健康保険から支給される傷病手当金や出産手当金の金額も少なくなります。
これらの手当金は、標準報酬日額(標準報酬月額を30で割った額)の約3分の2が支給される仕組みです。そのため、標準報酬月額が低いほど、受け取れる日額も少なくなるのです。
例えば、病気や出産で長期休業を余儀なくされた場合、この手当金が生活を支える重要な収入源となります。目先の社会保険料を節約するために標準報酬月額を過度に低く設定した結果、いざという時の生活保障が手薄になってしまうリスクがあることを、従業員は理解しておく必要があります。特に出産を控えている女性従業員の場合、慎重に検討すべき事項だと私は強く感じます。
よくある質問(Q&A)
| 質問 (Q) | 回答 (A) |
| Q1. 4月・5月・6月の残業を減らすのは合法的な節約方法ですか? | はい、完全に合法的な節約方法です。定時決定は、実際に支払われた報酬に基づいて標準報酬月額を決める制度だからです。この期間の残業を減らすことは、単にその期間の報酬額を減らすことにつながるため、制度の趣旨に反するものではありません。ただし、極端な残業抑制は業務に支障をきたす可能性があるため、会社との合意の上で適切な範囲で行うことが重要です。 |
| Q2. 昇給のタイミングを7月以降に遅らせる節約術は、会社にデメリットはないですか? | 会社にとっても、社会保険料の会社負担分が抑えられるため、コスト削減というメリットがあります。デメリットとしては、昇給が遅れることで従業員のモチベーションに影響が出る可能性や、手続きの煩雑さなどが挙げられます。この手法を採用する場合は、保険料の節約分を他の手当や福利厚生で従業員に還元するなど、総合的な賃金制度として検討することが望ましいです。 |
| Q3. 社会保険料を節約すると、将来の年金はどれくらい減りますか? | 減額幅は標準報酬月額の減少幅によりますが、社会保険料の節約は将来受け取る厚生年金の金額を減らします。標準報酬月額が低くなるほど、その分年金も減額されます。節約する際は、年金事務所のシミュレーションなどを利用し、**生涯で得られる利益(節約額)と生涯で失う利益(年金減額分)**を比較検討し、バランスを取ることが重要だと考えます。 |
まとめ
社会保険料は、毎月の手取り額を大きく左右する要因ですが、その保険料が4月・5月・6月の給与で決まる定時決定の仕組みを理解すれば、合法的に節約することが可能です。
この期間の給与の平均額(報酬月額)が、9月から翌年8月までの標準報酬月額を決定します。したがって、最も効果的な短期節約術は、4月・5月・6月の残業代などの変動する賃金を意識的に抑えることです。
しかし、この節約は手取り額の増加という短期的なメリットがある一方で、将来の厚生年金受給額や傷病手当金などの減少という長期的なデメリットも伴います。
昇給のタイミングを7月以降にずらす戦略は、会社と従業員の双方にメリットをもたらしますが、実施の際は賃金体系全体を考慮し、労働者のモチベーション維持にも配慮する必要があります。
社会保険料の最適化は、単なる節約ではなく、短期的なキャッシュフローと長期的な生活保障のバランス調整であることを常に意識しましょう。