「年金繰り下げ受給は得?損?」「70歳まで待つべきか、75歳まで頑張るべきか?」―長寿化が進む現代、これは老後資金最大の悩みではないでしょうか。最大84%も年金が増額される魅力的な制度ですが、判断を誤ると「長生きの安心」と引き換えに「資金ショートのリスク」を負うことになります。
私は、年間多数の老後資金相談を受けるFPとして、年金繰り下げのメリット・デメリットを徹底解説し、損益分岐点(約82歳)を軸とした具体的なシミュレーションを提供します。あなたの資産状況、健康状態、夫婦の年金バランスから、あなたにとっての最適な開始年齢を見つけるための3つの視点を包み隠さずお教えします。この不安を解消し、後悔しない老後設計を実現しましょう!
1. 年金繰り下げ受給とは?メリット・デメリットをFPが徹底解説
そもそも「繰り下げ受給」の仕組みと増額率
66歳以降75歳までの間で選択可能
年金を受け取れるようになる原則の年齢は65歳ですが、繰り下げ受給とは、この65歳からの受給をあえて遅らせる制度です。66歳から75歳までの間で、自由に受給開始時期を選択できます。
2022年4月の法改正により、繰り下げ可能な上限年齢が従来の70歳から75歳に引き上げられました。これにより、選択肢の幅が大きく広がり、老後資金戦略の自由度が高まったのです。この制度の魅力は、受給を遅らせた期間に応じて、将来受け取る年金額が恒久的に増額される点にあります。ただし、受給を遅らせるということは、その期間の生活費をすべて自己資金で賄う必要があることを意味します。どの年齢で開始するかは、個々の経済状況や健康状態を総合的に判断して決定すべき重要なポイントです。
1ヶ月あたり0.7%の増額率が適用される
繰り下げ受給の最大の核となるのが増額率です。受給を65歳から遅らせる期間について、**1ヶ月あたり0.7%**の割合で年金額が増額されます。
この増額率は、国民年金(老齢基礎年金)と厚生年金(老齢厚生年金)のどちらにも適用され、一度決定されると、その増額された金額が生涯にわたって支給され続けます。例えば、1年間(12ヶ月)繰り下げると、年金額は $12 \times 0.7\% = 8.4\%$ 増加します。上限の10年間(75歳まで)繰り下げた場合、年金額は $10 \times 12 \times 0.7\% = 84\%$ という驚異的な増加率となります。この「生涯にわたって増額された金額を受け取れる」という点が、繰り下げ受給を非常に強力な老後資金対策たらしめています。
繰り下げ受給の最大のメリットは「年金受給額の増加」
最大75歳開始で84%の生涯増額
繰り下げ受給の最も直接的かつ強力なメリットは、受給開始を75歳まで遅らせることによって実現する、最大84%の恒久的な年金額の増加です。
これは、仮に65歳で年間200万円の年金を受け取る権利がある方が75歳まで繰り下げた場合、年金額が年間368万円(200万円 × 1.84)になるということを意味します。この84%という数字は、現在の低金利時代において、他の金融商品ではなかなか実現が難しい確定的なリターンであり、長寿リスクに対する最も確実なヘッジ手段の一つとなります。特に高齢になってからの生活費は、医療費や介護費用など、予期せぬ出費が増える可能性があります。毎月確実に受け取れる年金額が増えることは、老後の安心感に大きく貢献します。この最大の増額効果を得るためには、65歳から75歳までの10年間の生活資金計画を綿密に立てることが前提となります。
増加した年金額は一生涯続く
繰り下げ受給によって増額された年金額は、受給を開始して以降、ご本人が生存している限り一生涯にわたって続きます。これは、単なる一時金や期間限定の給付金とは決定的に異なる性質であり、老後資金計画における最大の安心材料となります。
例えば、70歳で受給を開始して年金額が42%増額された場合、その42%増加した金額が80歳でも90歳でも変わらず支給され続けるのです。この終身給付であるという特性は、特に長寿化が進む現代において、老後の資金が尽きてしまう長寿リスクへの非常に有効な対策となります。この「一生涯続く」という確定的なメリットを最大限に享受するためには、いかにして損益分岐点を超えて長生きするかという点が、繰り下げ受給の成否を分ける重要な要因となります。
繰り下げ受給の大きなデメリットと潜むリスク
受給開始までの生活費の確保が必須
繰り下げ受給を選択する際の最も現実的なデメリットは、年金を受け取らない期間、生活費をすべて自己資金で賄わなければならないという点です。
65歳から70歳まで繰り下げる場合、5年間の生活費、仮に月20万円の生活費とすると、最低でも1,200万円の貯蓄や収入を年金とは別に確保しておく必要があります。このつなぎ資金の準備が不十分な場合、安易な繰り下げ選択は、かえって老後の生活を圧迫するリスクを高めてしまいます。想定外の大きな出費が発生した場合、貯蓄が底をつき、後悔につながりかねません。FPとしては、まず65歳以降の5年間から10年間の具体的な収支計画と、緊急予備資金の有無を厳しくチェックし、無理のない範囲での繰り下げを推奨します。
健康状態による受取総額の変動リスク
繰り下げ受給のメリットを最大限に享受するための大前提は、長生きすることです。裏を返せば、健康状態が悪化し、早く亡くなってしまうリスクが最大のデメリットとなります。年金には、受け取り開始が遅れるほど、その損益分岐点の年齢が高くなるという特徴があります。
例えば、70歳まで繰り下げた場合、一般的に80代前半までに生存していなければ、65歳から受け取り始めた場合よりも受取総額が少なくなり、損をする可能性が高くなります。ご自身の健康状態や、家系の病歴などを客観的に見つめ直し、慎重に判断する必要があります。年金は長生き保険としての性格が強いため、万一早く亡くなった場合、増額された年金を受け取る期間が短くなるというリスクを理解しておくことが重要です。
2. 繰り下げ受給の損益分岐点をシミュレーションで分析
65歳開始と70歳開始の「生涯受給額」を比較
モデルケースによる具体的な受取総額の推移
繰り下げ受給の損得を明確にするために、具体的なモデルケースで受取総額の推移を比較します。ここでは、65歳からの年金受給額が年間180万円(月15万円)である方をモデルとします。
この方が70歳まで繰り下げた場合、年金額は42%増額され、年間255.6万円(月21.3万円)になります。65歳から受給開始した場合は、毎年の受取額が180万円として累積します。一方、70歳から受給開始した場合は、70歳までは受取額がゼロですが、70歳以降は毎年255.6万円を受け取ります。この二つの累積受取額が同額になる年齢、すなわち損益分岐点が繰り下げの判断において最も重要な数字となります。繰り下げた5年間は年金収入がないため、その損失分を42%増額された年金で何年かけて取り戻せるかを可視化することで、具体的な判断基準を持つことができます。
繰り下げを70歳にした場合の損益分岐点
前述のモデルケース(65歳で年額180万円、70歳繰り下げで年額255.6万円)に基づくと、70歳で受給を開始した場合の損益分岐点は、約81歳10ヶ月となります。
これは、言い換えれば、81歳10ヶ月以上生きることができれば、65歳から年金を受け取り始めた場合と比較して、年金による受取総額が上回る、すなわち得をするということを意味します。現在の日本における平均寿命は男性が約81歳、女性が約87歳であり、多くの方がこの損益分岐点を超える可能性が高いことが分かります。繰り下げ受給のメリットは単に受取総額が増えることだけではありません。年金額が増えることで、高齢になってからの医療費や介護費用など、予期せぬ大きな出費にも対応できるという安心感を得られる点も大きな利点です。したがって、この損益分岐点はあくまで一つの目安として捉えることが重要です。
損益分岐点の年齢と健康寿命から考える判断基準
平均寿命と健康寿命を考慮した判断
繰り下げ受給の損益分岐点を考える上で、単なる平均寿命(亡くなる年齢)だけでなく、健康寿命(介護を必要とせずに自立して生活できる期間)を考慮に入れることが非常に重要です。なぜなら、年金の繰り下げによって得られる増額された年金は、主に健康で活動的なうちに使える資金として考えるべきだからです。
もし健康寿命が尽きる前に損益分岐点が来てしまった場合、増額された年金を最も必要とする活動期に十分に活用できない可能性があります。例えば、70歳繰り下げで損益分岐点が82歳だとすると、健康寿命が78歳であれば、増額分の恩恵を十分享受できるのはわずか数年となり、繰り下げた5年間の生活費の負担と見合わないと感じるかもしれません。FPとしては、ご自身の健康状態や生活習慣を冷静に評価し、健康寿命が損益分岐点よりも十分長いかどうかを一つの判断基準として設けることを推奨します。
夫婦の年金バランスを考慮した損益分岐点
繰り下げ受給の判断は、個人単独の損益分岐点だけでなく、夫婦全体の年金バランスを考慮することが最も重要です。特に、夫婦間で年金額に大きな差がある場合、年金額の低い方が繰り下げ、年金額の高い方が早めに受給を開始するという戦略的な繰り下げが有効になることがあります。
例えば、夫の年金額が多く、妻の年金額が少ない場合、妻が繰り下げ受給を選択して年金額を増やすことで、将来的に夫婦合算での年金収入の安定化を図ることができます。また、夫が先に亡くなった場合、妻は遺族年金を受け取ることができますが、自身の年金を繰り下げておけば、遺族年金と自身の増額された年金のどちらかを選択する際に、より高い金額を選ぶことができるなど、柔軟な選択肢を持つことができます。
繰り下げ受給における亡くなった場合の受給の注意点
遺族年金と繰り下げ増額分の関係
繰り下げ受給を検討する際に、配偶者がいる場合は遺族年金との関係を理解しておく必要があります。原則として、年金を繰り下げて増額された分は、遺族年金の額には引き継がれません。遺族年金の算定基礎となるのは、あくまで65歳からの本来の年金額(老齢基礎年金および老齢厚生年金)であり、繰り下げによる増額分は個人の権利として消滅してしまうことが多いです。
ただし、自身の年金を繰り下げて増額した結果、その増額後の年金額が、遺族年金の額よりも高くなった場合、自身の年金を選択することになります。繰り下げは、単なる自身の老後資金対策としてだけでなく、配偶者への遺族補償としての役割も考慮し、遺族年金と自身の年金額を比較した上で戦略的に判断することが不可欠です。
遡及請求による一時受給の可否
繰り下げ受給を希望していた方が、何らかの事情(例えば、健康状態の急な悪化や資金の急な必要性など)により、途中で年金を受け取りたいと考える場合があります。この場合、遡及(そきゅう)請求を行うことで、本来65歳以降に受け取ることができたはずの年金を、過去に遡って一時金として受け取ることが可能です。
ただし、遡及請求ができるのは、請求時点から最大5年間の年金に限定されます。例えば、72歳まで繰り下げていた方が73歳で遡及請求を行った場合、68歳からの5年間分の年金を一時金として受け取ることになります。この5年間分の年金には繰り下げによる増額率は適用されず、増額率は73歳から受け取る将来の年金に対してのみ適用されます。この制度は、繰り下げ期間中のリスクヘッジとして非常に有効ですが、増額のメリットを享受できないというデメリットも伴うため、あくまで最終手段として検討すべきです。
3. 繰り下げ受給が「得になる人」「損になる人」の特徴
繰り下げ受給で得しやすい「資産・健康・働き方」の条件
60代前半の生活資金に余裕がある方
繰り下げ受給で最も得をしやすいのは、65歳から年金を受け取らなくても、60代前半の生活資金に十分な余裕がある方です。具体的には、退職金や金融資産、不動産収入などの年金以外の安定した収入源があり、65歳から75歳までの10年間を年金なしで生活できるだけの十分なキャッシュフローが確保できていることが条件となります。
この余裕があることで、年金を受け取らない期間に焦ることなく、最大の増額率(84%)を目指すことが可能になります。また、自己資金に頼って生活することで、年金を受け取った場合の所得税や国民健康保険料などの負担を一時的に軽減できるという副次的なメリットも享受できます。生活資金に余裕がある方は、長寿リスクへのヘッジとして、精神的な安心感とともに、経済的な恩恵を最大限に受けることができるでしょう。
健康状態が良好で長生きする可能性が高い方
繰り下げ受給のメリットは長生きが大前提であるため、健康状態が非常に良好で、長寿の家系であるなど、平均寿命より長く生きる可能性が高い方は得をする可能性が高まります。
特に、損益分岐点(70歳繰り下げで約82歳)を大きく超えて90歳やそれ以上まで生きることを想定できる方は、増額された年金を長期にわたって受け取ることができるため、生涯受取総額が大幅に増加します。健康でいることは、年金受給額の増加だけでなく、高齢になってからの医療費や介護費用の負担を軽減することにもつながり、まさに一石二鳥の効果があります。ただし、健康状態は急変するリスクも常にあるため、健康管理とリスクヘッジを怠らないことが重要です。
繰り下げ受給を避けるべきケースと注意すべきポイント
60代の生活資金を年金に頼る必要がある方
繰り下げ受給を避けるべき最も典型的なケースは、60代の生活資金を年金に頼る必要がある方です。退職金が少ない、または退職後の再雇用による収入が少ないなど、65歳以降の生活費を公的年金の収入で賄う必要がある場合、繰り下げ受給を選択することは家計を圧迫し、生活を不安定にするリスクがあります。
年金を受け取らない期間の生活費を貯蓄で賄おうとすると、貯蓄が早期に尽きてしまう可能性があり、精神的なストレスや、かえって生活の質を低下させることにつながりかねません。FPとしては、まず65歳から年金を受け取り始め、その年金を基盤とした上で、アルバイトなどの収入を組み合わせ、安定したキャッシュフローを確保することを推奨します。年金は老後の生活基盤を支える命綱であることを理解しておく必要があります。
自身の健康状態に不安がある方
自身の健康状態に不安がある方や、家系に短命の傾向がある方も、繰り下げ受給を避けるべき重要なケースに該当します。前述の通り、繰り下げ受給は長生きが前提であり、損益分岐点(約82歳)を迎える前に亡くなってしまった場合、65歳から受け取った方が受取総額が多くなり、損をすることになります。
特に、現在何らかの持病を抱えており、医師から余命に関する示唆を受けているような場合は、繰り下げによる増額の恩恵を十分に受けられる可能性が低いため、原則として繰り下げは推奨されません。また、健康不安がある中で繰り下げ受給を選択すると、「年金を受け取る前に死んでしまうのではないか」という心理的な不安が増大する可能性もあります。増額よりも確実な受給を優先し、安心して老後を過ごすための選択をすることが重要です。
4. 年金以外の収入源から考える「最適な開始年齢」
公的医療保険や税金への影響と判断のポイント
年金額増加による国民健康保険料・介護保険料への影響
繰り下げ受給によって年金額が増加すると、それに伴い国民健康保険料や介護保険料などの公的医療保険料の負担が増加する可能性があります。これらの保険料は、年金収入も含む前年の所得に基づいて算定されるため、年金額が84%も増加した場合、保険料負担も大きく増加し、手取り額で見た際のメリットが想定よりも少なくなる場合があります。
したがって、繰り下げ受給を検討する際は、年金額の増加分だけでなく、それによって増加する保険料の概算額を把握し、「年金受取額の増加分 > 保険料の増加分」となっているかを冷静にシミュレーションすることが重要です。
所得税・住民税の負担増と手取り額の再確認
年金額が増加すると、所得税や住民税の課税対象所得が増え、税負担が増加することになります。年金は雑所得として課税対象となり、公的年金等控除額を超えた分に対して所得税や住民税が課せられます。
重要なのは、年金が増額されても、手取り額がどれだけ増えるかという点です。年金額の増加分から、所得税、住民税、そして前述の社会保険料の増加分を差し引いた、最終的な手取り額をシミュレーションすることで、繰り下げ受給の真の経済的メリットを判断することができます。特に、繰り下げによって高額所得者の定義に近づいた場合、税率が大きく変わる可能性があるため、専門家に相談し、正確な試算を行うことを強く推奨します。
60代前半の「つなぎ資金」の準備方法
退職金や貯蓄以外の資産運用による準備
繰り下げ受給を実現するためには、65歳以降のつなぎ資金をいかに確保するかが鍵となります。退職金や既存の貯蓄を切り崩すだけでなく、資産運用による準備を戦略的に行うことも有効です。
例えば、65歳から年金を受け取らない期間に備えて、iDeCoやNISAなどの優遇税制を活用した積立投資を現役時代から行うことで、効率的に資金を増やすことができます。ただし、資産運用にはリスクが伴うため、生活資金を確保するための資金は元本割れのリスクが低い商品を選ぶなど、資金の性格に応じたポートフォリオを組むことが重要です。
雇用保険や高年齢雇用継続給付などの公的制度活用
65歳までのつなぎ資金を準備する方法として、自己資金だけでなく、公的制度の活用も非常に有効です。例えば、退職後に再就職先を探す期間がある場合、雇用保険の基本手当(失業給付)を受給することができます。また、60歳以降も働き続け、賃金が60歳時点より一定額以上低下した場合は、高年齢雇用継続給付を受け取ることができ、収入の減少を補うことができます。
これらの公的制度を適切に活用することで、自己資金の切り崩しを抑えながら、年金の繰り下げ期間を乗り切るための資金を確保することが可能となります。ただし、雇用保険と年金の受給には調整規定があり、制度が複雑なため、専門家に相談しながら、最も有利な受給パターンをシミュレーションすることが不可欠です。
FPが教える「最適な開始年齢」を見極める3つの視点
視点1: 必要な生活費と現在のキャッシュフロー
最適な開始年齢を見極める最初の視点は、必要な生活費と現在のキャッシュフローです。年金を受け取らない期間のつなぎ資金が本当に十分かを確認するため、まずは高齢期に必要となるであろう毎月の生活費を具体的に試算します。その上で、現在の収入(退職金、再雇用賃金、資産運用益など)と支出を比較し、年金受給開始までの期間、赤字にならないかを検証します。この検証で赤字になるようであれば、繰り下げ受給はリスキーであると判断し、原則として65歳から受給を開始すべきです。逆に、余裕を持って生活できるキャッシュフローが確保できている場合は、繰り下げの選択肢を積極的に検討できます。
視点2: 健康寿命と医療・介護費用の見通し
次に重要な視点は、健康寿命と医療・介護費用の見通しです。年金は長生き保険としての性質があるため、健康寿命が尽きる前に増額された年金を受け取り始められるかが重要になります。ご自身の健康状態や家系の傾向を考慮し、損益分岐点を超えてもなお、元気で活動的な期間が長く残されているかを予測します。また、年齢を重ねるごとに増大する医療費や介護費用に備え、増額された年金が、これらの費用をカバーできるだけの十分な役割を果たすかを検討します。この視点を持つことで、年金を単なる収入としてだけでなく、高齢期の安心を担保する費用として捉えることが可能になります。
視点3: 資産全体(夫婦合計)に対する年金の割合
最後の視点は、資産全体(夫婦合計)に対する年金の割合です。繰り下げ受給は、年金という公的な収入源を増やす行為であり、夫婦の金融資産全体の中で、年金収入が占める割合を大きくすることができます。金融資産が少ない方や、年金が老後収入の大部分を占める方にとっては、年金の増額は最後の砦として極めて重要になります。夫婦で年金収入を合計した際、その金額が老後の必要生活費をカバーできるかを検証し、不足する場合は積極的な繰り下げを検討すべきです。この視点により、年金を単なる個人の権利としてではなく、世帯全体のポートフォリオの一部として捉え、最適な戦略を立てることができます。
5. よくある質問 (Q&A)
| 質問 (Q) | 回答 (A) |
| Q1. 繰り下げ受給を途中で取りやめることはできますか?また、その場合の年金はどうなりますか? | 繰り下げ受給を希望していた方が、健康状態の急な悪化や資金の急な必要性などで途中で受け取りたい場合、遡及請求を行うことで、受給開始を繰り下げた期間中の年金を一時金として受け取ることが可能です。ただし、遡及請求ができるのは、請求時点から最大5年間分に限られます。この5年間分の年金には繰り下げによる増額率は適用されず、増額率は将来の年金に対してのみ適用されます。この制度は、繰り下げ期間中のリスクヘッジとして有効ですが、増額のメリットを享受できないというデメリットも伴うため、あくまで最終手段として検討すべきです。 |
| Q2. 夫婦で年金額に差がある場合、繰り下げは夫婦どちらが行うべきですか? | 夫婦の年金バランスを考慮することが最も重要です。私は、年金額の少ない配偶者が繰り下げ受給を選択し、年金額の多い方が早めに受給を開始するという戦略を推奨することが多いです。なぜなら、年金額の少ない方が繰り下げて年金額を増やすことで、将来的に夫婦合算での年金収入の安定化を図ることができます。世帯全体での受取総額と、高齢期に必要となる生活費を賄えるかをシミュレーションして判断すべきです。 |
| Q3. 繰り下げ受給で年金額が増えると、税金や保険料の負担はどれくらい増えますか? | 年金額が増加すると、国民健康保険料、介護保険料などの社会保険料や、所得税、住民税の負担が増加する可能性があります。これらの負担は、年金収入を含む前年の所得に基づいて算定されるため、年金額が大幅に増加した場合、保険料負担や税負担も増加し、手取り額で見た際のメリットが想定よりも少なくなる場合があります。したがって、繰り下げを検討する際は、年金額の増加分だけでなく、それによって増加する保険料と税金の概算額を把握し、最終的な手取り額をシミュレーションして、繰り下げの真の経済的メリットを判断することが重要です。 |
まとめ
年金繰り下げ受給は、「得か損か」という問いに対する答えは、「82歳以上長生きでき、かつ65歳以降のつなぎ資金に余裕があるなら、圧倒的に得」です。FPの視点から見ると、繰り下げ受給の最大の魅力は、最大84%という確定的な増額率が、終身で得られるという点にあります。この84%増額された年金は、長寿化が進む現代における長生きリスクへの最も確実なヘッジとなります。
しかし、この恩恵を享受するためには、65歳から75歳までの生活費を年金なしで賄うという現実的なハードルをクリアしなければなりません。このつなぎ資金の確保が不十分な場合や、自身の健康状態に不安がある方にとっては、早期の受給開始こそが得となります。
最適な開始年齢を見極めるためには、以下の3つの視点から、夫婦全体のキャッシュフローと健康寿命を複合的に検討することが不可欠です。
- 経済的視点: 必要な生活費と現在のキャッシュフローの比較(赤字にならないか)。
- 健康・寿命視点: 損益分岐点(約82歳)を超えても、元気な時期が残されているか。
- 総合視点: 年金額増加による社会保険料や税金の負担増を差し引いた手取り額の最終確認。
繰り下げは、単なる年金手続きではなく、老後の安心を左右する重要な資金戦略です。ご自身の状況を客観的に見つめ直し、シミュレーションを通じて最適な開始年齢を見つけることが、豊かな老後生活への鍵となります。